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東京高等裁判所 昭和58年(う)1105号 判決 1987年3月18日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人鈴木淳二、同大谷恭子両名の控訴趣意書、弁護人三島駿一郎、同新美隆、同早坂八郎三名の控訴趣意書、弁護人鈴木淳二、同大谷恭子、同舟木友比古、同渡辺務、同古川勞、同新美隆六名の控訴趣意補充書並びに被告人の控訴趣意書、同第一補充書及び同第二補充書中控訴趣意書要旨と題する書面に基づき陳述された部分のとおりであり、検察官の答弁は、東京高等検察庁検察官鈴木芳一が提出した答弁書のとおりである。

第一被告人および各弁護人の控訴趣意中、量刑不当以外の主張について

一被告人の主張について

被告人の量刑不当以外の論旨は、要するに、

1  国家、社会、親兄弟らの憲法違反行為、犯罪行為、著しい義務の懈怠などにより、日本国民たる要件を保障されず、各犯行当時の精神状態が自然人に近かつた被告人に対して、国家は裁判権を有しない、

2  原判決は、本件各犯行の動機について、一方において、被告人が、金員に窮して等と判示しながら、他方において、右各犯行は、被告人が職なく食うに困つてやむなく犯した犯行ではないとも判示し、事実を誤認したうえ、自家撞着の理由づけをしている、

3  捜査当局は少年法改悪をもくろみ、被告人が一〇八号事件の犯人であることを知りながら、静岡事件につき被告人を尾行し泳がせ放置して原宿事件を発生させたものであるのに、原審は、捜査当局による違法捜査、権力犯罪を隠蔽するため、右のことを立証しようとする証人申請をすべて却下し、原宿事件の公訴棄却の申立を容れなかつた、

4  被告人の本件各犯行は、被告人の人間としての生存権を国家自らが否定した結果発生したもので、被告人の行為は抵抗権の行使である、

5  被告人は、本件各犯行当時、乞食と売春婦以外のものは皆射つ、という意識で、本来の階級的味方である者を射殺したことからも明らかなように、善悪の弁別能力が正常ではなかつた、

6  死刑は憲法前文や憲法の諸規定に違反する、

などというにあると解されるところ、1は不法に公訴を受理した旨の、2は事実誤認ないし理由のくいちがいの、3は審理不尽、公訴の不法受理ないし訴訟手続の法令違反の、4、5は違法性阻却ないし責任阻却事由の存在を理由とする事実誤認の、6は法令の違憲ないし適用の誤りの主張に帰するものと認められる。右のうち3、5、6の論旨は、弁護人の論旨(一)、(四)、(五)と概ね同旨ないし関連する主張であるから、二において一括して判示する。

そこで、検討すると、所論1、4は、いずれも独自の立論であつて、記録上、わが国が、本件について、被告人に対し、裁判権を有することに何らの疑いもなく、また、所論主張のごとき抵抗権を認める法理も存しないから、これを容れるに由ない。

また、所論2は、原判示を正解しないものであり、判文全体を素直に読めば、一方は、主として第一、第四、第五等の犯行直前に形成された動機についての判示であり、他方は、被告人が上京後犯行に至るまでの過程につき、当時被告人には就職の機会等もあり、その日の糧に逼迫するような状態ではなかつたという趣旨の判示であることが容易に理解し得るのであつて、原判決に所論のいうような瑕疵はない。

従つて、右の諸点に関する各論旨はいずれも理由がない。

二弁護人の主張について

(一)  弁護人三名の控訴趣意第一、弁護人六名の控訴趣意第二の七の、審理不尽、訴訟手続の法令違反の主張

論旨は要するに、捜査当局は、被告人が昭和四三年一一月一七、一八の両日にわたり静岡市において起こした窃盗、放火、詐欺未遂等一連のいわゆる静岡事件を利用して少年法改悪をはかるため、被告人が第二、第三の事件の犯人であることを知つていたのに、あえて被告人を泳がせていたもので、捜査当局による右のような違法、不当がなければ、その後に発生した第六の原宿事件は起こり得なかつたのであるところ、右の点を立証する重要証人の取調請求を却下した原審の訴訟手続には審理不尽の違法があり、右原宿事件の公訴棄却の申立を容れなかつた原判決には、訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、被告人の論旨3と併せて右所論につき検討するに、原審で取調べた関係各証拠によれば、所論の前提とする、捜査当局において被告人が第二、第三の各犯行の犯人であることを知つていたなどという事実は認められないことが明らかであり、これらの点について原判決が「公訴棄却の申立及びこれに対する当裁判所の判断」の項において説示するところに誤りはなく、右に関連する弁護人、被告人各請求にかかる証人を取調べることによつて、所論を支持するに足りる事実が現れるとは到底考えられないのであるから、その取調べ請求を容れなかつた原審の措置はまことに相当であつて、この訴訟手続に審理不尽はなく、また第六の事実について公訴棄却の申立を容れなかつたことにも何ら違法はない。

各論旨は理由がない。

(二)  弁護人三名の控訴趣意第三の、訴訟手続の法令違反の主張

論旨は要するに、原審第四九回公判以降、裁判長は実情を無視した公判期日の指定により被告人、弁護人の防御権、弁護権等の行使を妨害し、訴訟指揮権を濫用し、数々の訴訟法規違背をして三名の私選弁護人を辞任のやむなきに至らせ、新たに選任された国選弁護人と被告人との信頼が失われ敵対関係となつた状況下で、国選弁護人の選任命令の取消、解任等の措置をとることもなく、被告人に対し実質上陳述の機会を奪つた状態で手続を進めたもので、このような原審の措置には訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかし、記録に基づき原審の訴訟経過を精査して検討すると、その間被告人および一部弁護人の言動には問題とすべき点が種々あつたことがうかがわれ、これに対して原審裁判長あるいは原審裁判所のとつた措置に所論のいうような訴訟手続の法令違反は、いささかも存在しない。

論旨は理由がない。

(三)  弁護人両名の控訴趣意第一の二ないし七、弁護人六名の控訴趣意第二の二ないし、六、八の、事実誤認の主張

論旨は要するに、原判決は、第一の事実につき、被告人が当初から窃盗の目的で基地内に入つたとし、第二、第三の各事実につき殺意を認定し、第四、第五の各事実につき、強盗殺人の、第六の事実につき、強盗殺人未遂の成立をそれぞれ認めたが、右は幾多の不自然、不合理、矛盾、変遷などがあつて信用することができない被告人の関係各供述調書等に基づく認定であつて、被告人が、第一の事実の際、基地に侵入したのは、自暴自棄となり射殺されることも覚悟のうえ密航するか基地内で大きな犯罪を犯し捕まろうと考えてのことであり、第二、第三の各事実は、犯行に至る経緯、犯行の態様、銃創の位置、形状その他の諸状況から考えると、いずれも被告人に殺意があつたとは認められず、右各犯行は傷害致死と認定すべきであり、第四、第五の各事実の各犯行に至る経緯、動機等の判示は誤りで、被告人には当初から金品を強取する意図はなく、本件の諸状況から考えると、被告人はいずれの際も、被害者を殺害した後に、金員窃取の犯意を生じたものと認められ、右各犯行は殺人と窃盗の事案と認定すべきであり、第六の事実の際は、金品を奪取するためではなく、追いつめられた気持ちから、かけつけた警察官に射たれて死のうと思い建物に入つたものであり、また被告人には被害者を射殺しようという意思もなく、これらのことは、現場の弾跡、弾丸の落下位置、その他の諸状況から明らかであるから、拳銃で射たれ顎の右側に痛みを感じた旨の被害者の供述は信用できず、本件は建造物侵入と暴行の事案と認めるべきものである、などと主張し、多岐にわたり立論する。

しかし、記録および証拠物を精査し検討してみても、原判決に第一ないし第六の事実についての誤認があるとは認められない。

所論は、原判決が各事実の認定に供した被告人の各検察官および司法警察員調書には信憑性がないと主張し種々立論するのであるが、右各調書相互間には、部分的に、過去の体験を想起しながら多数回にわたつてなされる供述の過程で当然起こりがちである若干の記憶の忘失、取違え、変遷、表現の差異などがあるものの、その余の関係証拠と対比してみても、基本的に格別不自然、不合理などがあるとは認められず、その信用性に疑いはないというべきであるから、所論が右各調書の信用性の欠如を前提として事実誤認をいう主張はいずれも失当である。

そして、被告人の右各調書と原判決の挙示するその余の関係各証拠を併せて、所論が問題とする諸点についてつぶさに検討を加えても、判示事実中、第一につき、被告人に当初から窃盗の目的があつたこと、第二につき、被告人において被害者が死に至るべきことを認識しながらあえて被害者に向けて拳銃を発射したこと、第三につき、被告人において被害者を射殺し逃走しようとして、拳銃で被害者を狙撃したこと、第四、第五につき、被告人が被害者を拳銃で射殺し金員を奪おうとして各犯行に及んだこと、第六につき、被告人が窃盗目的で金品物色中に発見され、被害者を射殺し逮捕を免れようとして拳銃で被害者を狙撃したことなどの点を含め、原判決の事実認定は優にこれを肯認することができ、原判決に所論の指摘するような事実の誤認があるとは認められない。

各論旨は理由がない。

(四)  弁護人三名の控訴趣意第二の二、弁護人六名の控訴趣意第三の、事実誤認、法令適用の誤りの主張

論旨は要するに、被告人は異常な環境に生育したため、人を殺すことについての善悪の判断力を養うことができなかつたのであるから、本件各行為時において、人に向けて拳銃を発射する行為とその結果の是非を弁別し、それに従つて行動する能力が欠如しており、仮にそうでないとしても、第二ないし第五の各犯行の際には、被告人は、右の能力が著しく減退していたというべきであるし、また、被告人の置かれた状況を前提にすれば、被告人に、本件各行為をしないことを期待することはできなかつたと解されるのに、原判決は、石川鑑定と新井鑑定の比較検討を怠り、被告人の幼児期からの生活環境、生活歴、教育歴、各犯行の動機、目的、状況、その他被告人の判断能力に関連する諸点について数多くの事実認定の誤りを犯し、新井鑑定を全面的に信用し、石川鑑定を排斥して被告人の右能力の喪失ないし著しい減退あるいは責任阻却を認めなかつたものであるから、原判決には、事実誤認及び法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、被告人の控訴趣意5と併せて、関係証拠を精査し、右所論について検討すると、原判決が「弁護人の心神喪失又は心神耗弱の主張及びこれに対する当裁判所の判断」の項において詳細説示するところは、所論指摘の新井鑑定と石川鑑定に関する部分を含めてこれを正当として是認することができ、被告人の責任能力の喪失ないし減弱を認めなかつた原判決の判断に誤りがあるとは認められない。所論は、原判決が母との別離の影響について、「新井鑑定によれば、被告人は当時まだ幼くて母との別離を知らず、明るくくつたくがなかつたとされている」と説示しているのは明らかな誤謬であると主張するが、新井鑑定書には、被告人の兄が、「あのころの苦しみは死んでも忘れることはできない。ただ則夫は何も分らなかつたらしく無邪気に遊んでいたのを覚えている」といつている旨の記載等があるので、原判決に誤りがあるということはできない。なお、所論中には、期待可能性の不存在による責任阻却をいうがごとき部分もあるが、関係証拠を検討しても到底採用の余地はない。

各論旨は理由がない。

(五)  弁護人三名の控訴趣意第二の一、弁護人六名の控訴趣意第一の、違憲ないし法令適用の誤りの主張

論旨は要するに、死刑は残虐な刑罰に該当し、死刑の規定は憲法三六条に違反するのに、被告人に対し刑法の死刑規定を適用した原判決には、違憲ないし法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、被告人の論旨6と併せて右論旨について考えると、死刑制度の是非について種々の論議がなされており、立法論としてその当否を論ずるのはともかく、刑法その他現行法上定められた死刑の規定が憲法三六条を始めとする憲法の諸条項に違背するとは到底解されず、被告人に対し死刑の規定を適用した原判決に、何ら違憲、違法は存しない。

各論旨は理由がない。

三以上のほか、多岐にわたる各論旨を子細に検討してみても、記録に照らし、原判決に所論のいうような瑕疵があるとは認められず、いずれも採用の限りでない。

第二被告人および各弁護人の控訴趣意中、量刑不当の主張について

本件は、被告人が原判示のように、

一  神奈川県在日米海軍横須賀基地内の被害者方から拳銃一丁、実包約五〇発その他を窃取し、

二  東京都港区内のプリンスホテル敷地内を徘徊中、巡回していた警備員にとがめられ、着衣の襟首を掴まれたため、その手を振り払おうとして転ぶや、とつさに同人を拳銃で狙撃して逃走しようと考え、同人が死に至るべきことを認識しながら右拳銃で同人を狙撃して重傷を負わせ、死亡させて殺害し、

三  京都市内の八坂神社で野宿しようとして境内に入つたところ、巡回中の警備員に発見されて怪しまれ、同人にジャックナイフを突きつけながら脅迫し逃走しようとしたが、強く警察への同行を求められるや、とつさに同人を射殺して逃走しようと決意し、拳銃で同人を狙撃して重傷を負わせ、死亡させて殺害し、

四  北海道函館市内において、所持金も残り僅かとなつたので拳銃でタクシー運転手を射殺して金を奪おうと決意し、タクシーに乗車し、近郊の七飯町まで走らせて路上に停車させ、後部座席からいきなり拳銃で運転手を狙撃して原判示の傷害を負わせ、売上金などを強取したうえ、同人を死亡させて殺害し、

五  名古屋市内でタクシーに乗車走行中、運転手から「あんた東京の人でしよう」と言われるや、とつさに自己を東京の者と知つている以上このままにしておけば同人を通じ前記各犯行が発覚し逮捕されるに至るかもしれないと考えるとともに、所持金も十分でなかつたところから、拳銃で同人を射殺して金を奪つて逃げようと決意し、同市港区内の路上にタクシーを停車させ、背後から拳銃で同人を狙撃して重傷を負わせ、売上金などを強取したうえ、同人を死亡させて殺害し、

六  東京都渋谷区内のスクール・オブ・ビジネスにおいて、窃盗の目的で金品を物色中、警報装置によりかけつけた警備員に発見され、逮捕されそうになるや、逮捕により前記各犯行が発覚するのをおそれ、とつさに同人を射殺して逮捕を免れようと決意し、拳銃で同人を狙撃したが命中しなかつたため殺害するに至らず、

七  右区内で拳銃一丁及び実包一七発を不法に所持した、

という事案である。

右二ないし五の殺人、強盗殺人の四件の犯行は、拳銃を使用して僅か一か月足らずの間に東京、京都、函館近郊、名古屋など広域にわたる各地で、巡回中の警備員や勤務中のタクシー運転手など四名の被害者を次々と冷酷、非情に射殺して殺害したものであり、その約五か月後に引き起こした六の強盗殺人未遂の犯行は、幸い被害者の殺害には至らなかつたものの、同様拳銃を使用した危険極まりない犯行であつて、右各犯行の態様は甚だ残虐であり、犯行の回数、動機、規模、被害者の数、生じた結果の重大さ、本件が当時一般社会に与えた恐怖と深刻な影響などの諸点において、本件はこの種殺傷事犯の中にあつても稀にみる重大事件といわざるを得ず、何の落度もない四名の市民の尊い生命を次々と奪つた被告人の罪責の重さは計り知れないものというべきである。

所論は、本件当時被告人が少年であつたことを重視すべきであるとし、特に、被告人の成長過程におけるさまざまの負因からその順調な発育が阻害され精神的成熟度が著しく未熟であり、一八歳未満の少年と同視しうる状況にあつたとも主張するところ、被告人の幼少期の生活環境、生育歴には深く同情すべきものがあり、被告人が幼児から自己の責めによらずして筆紙に尽くし難い辛酸を嘗め、困苦に満ちた生活を余儀なくされたこと、それが被告人の性格形成にも多分に暗影を投じたであろうこと、原判決も説示するように被告人には素質的な負因と思われる性格の偏倚があることなどは、記録上これをうかがうことができ、その程度が一八歳未満の者と同視し得るものであつたかどうかはともあれ、被告人の精神的成熟度が多少とも未成熟であつたといえなくはなく、それらの事情は、いずれにせよ本件当時被告人が一九歳の少年であつたこと、犯罪時少年であつた者の処遇については少年法の精神を体し慎重に検討すべきものであることなどと併せて、被告人の量刑にあたつて十分に考慮すべきである。

さらに、所論は、被告人の犯罪の原因はその成長過程に固有のものであるという意味において一過性のものであり、成長と共に犯罪性が消滅すると推測されると主張するところ、そのような事柄は本来たやすく予測しがたいことであるけれども、被告人が本件を契機として勉学に強い意欲を示し自己の文芸作品を世に発表するなどの活動を展開している事情は、それなりに量刑上評価されてしかるべきものと考える。

また被告人は、自己の著作の印税から金員を贈りあるいはその申出をするなど遺族の慰謝にも意を用いているほか、当公判廷においても、自己と同じ階級に属する仲間を殺したことを後悔している旨述べるなど、特異な表現ではあるけれども被告人なりに被害者らの殺害を反省しているように見受けられる。

そのほか、本件で勾留中の被告人が、婚姻し、後に離婚するに至つたことなど、犯行後の情状も存在する。また、原審当時、被告人は常軌を逸した不穏当な行状、言動により迅速、円滑な訴訟の進行を妨げ、著しく司法の威信を傷つける挙にでたのであるが、原判決後は右当時に比べその態度が改善されたものとみることができ、このことは消極的ながら、情状として評価できないでもない。

そこで、これら被告人の生い立ちをはじめとする本件に至る経緯、本件が少年犯罪であること、その他原判決後の事情をも含め、被告人のため酌むことのできる諸情状をつぶさに検討してみたのであるが、前記のような本件の罪質、態様、事案の重大性にかんがみると、現行刑罰制度のもとにおいて、原審が本件各犯行につきそれぞれ所定刑中有期、無期の懲役刑ないし死刑を選択し、結局被告人に対し、死刑をもつて処断することとした原判決の量刑は、重すぎて不当であるとはいえない。

各論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条、一八一条一項但書により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田穰一 裁判官田尾勇 裁判官中野保昭)

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